運命はいかに不条理であっても

1月 22nd, 2010

己の偶然に直面し茫然(ぼうぜん)とする人間に、不可視の必然、己を超えた理法から自己の偶然をとらえるように呼びかける。

それにこたえるとき、人は自己の個別性、偶然性から大いなる理法へと「浄化」される。

自由が必然から逃れようとすれば、自由は必然に追い回される。

「運命への愛」が自由と必然とを和解させる。

「人間における偉大さを表す私の公式は、運命愛、つまり、未来へも、過去へも、なにものも他のようにとは意欲しないことである」(ニーチェ)。

運勢は運命の進み方

1月 15th, 2010

人のもって生まれた運命があるようだ。

運・不運の巡り合わせ。中国では古くから、自然の理法を「天」とし、人事もまた天の命(天命)によって定まるという考え方があった。

それが陰陽(いんよう)説や五行(ごぎょう)説によって補強され、種々の思想と結び付いて複雑さを加えた。

日本でもその考え方や判断技術を受け入れ、初めは国家権力と結び付いていたが、しだいに信頼性が薄れ、下級の神人や陰陽師(おんみょうじ)たちが各地を放浪して生活の手段とするとともに、広く知識を伝播(でんぱ)することになった。

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